Lesson

読んだり、飲んだり

記憶

楽しかったり、緊張していたり、とにかくしこたま飲むと記憶が飛ぶ。
たいてい渇ききった喉がぴったりとはりついたような不快感で目を覚まし(それが自分の布団とは限らない)、それでも初めは後悔よりも無事に目覚めたことによる安堵のほうが大きくて、一通り朝のルーティンを済ましたあと、朝飯が食えない状態を引きずりながら、そういや昨日、どうやって帰ったっけな、と不安になる。携帯だの財布だのを確認して色々推測してみても、決定的な記憶は戻ってこない。

こういうことが重なるたびに、記憶がボロボロになっちまったと思っていたが(実際、この記憶はずっと還ってこない)、もしかしたら思い出すということをしていないだけなんじゃないかと思うようになってきた。恥ずかしながら、恐ろしくみみっちく、せせこましい性格な以上、物覚えは悪くない、というか細かいところほどよく覚えているはずなのだ。

最近、絶えず何かを思い出す小説を読んでいて、こんなにポンポン思い出せるってすごいな、と単純に感心していた。実際にそういうことがあったかということではなくて、思い出すという身振りがポンポン現われるのがすごいのだ。こういったものを読んでいると自分もいろいろ思い出すようになる。意外な効能だ。

そうするとやはり細々としたことを覚えている。
焼き肉の前日にゲーゲーやったとき、サークルの先輩が好きだと言っていたバーボンであるメーカーズマークのレッドキャップを麦茶みたいに飲みながら流した曲は「セックス・オン・ザ・ビーチ」で、テキーラ・ブンブン!とアホみたいに騒ぎ倒していたさなか、これまた近所に住んでいたサークルの先輩を呼びつけて、別に騒ぐのも飲むのもそれほど好きじゃないだろう映画好きの先輩は結局ほったらかしにされてパソコンで別の動画を見ていたから、これは本当に悪いことをしたが、一度トイレで吐いたおれに友達が買ってきてくれたのはアロエヨーグルトだったし、おじやにはブナシメジが入っていた。
千葉の駐車場で眠りこけたときは、早稲田の飲み屋からカラオケに移動して、そこには普段来ないような女の子もいて、結構タイプだったから内心ウキウキしながらもそれを表に出すのはいかがなものかというその取り繕いがそもそも露骨だった。コンビニでみんなが持ち込むための酒を買い、それは確かビールとアルコール度数が少しだけ高い缶チューハイばかりだったが、男が絶えたことがないと聞いたことのある愛嬌がウリの女の子が「飲むんだから、ウォッカでしょ」と小瓶を買い物かごに投げ入れ、それが回りまわっておれのメロンソーダに混ぜられてしまい、イケメンが歌う「1/3の純情な感情」にテキトーな合いの手を入れていたころにはすっかり気が大きくなって、バンプとか山崎まさよしとか、たいして盛り上がらない曲を歌った。

これらの出来事がだいたい5、6年前のことだから、たぶん他にももっと覚えている。
別に飲んだときのことじゃなくても覚えている。
子供のころのことも覚えているだろう。
ポンポン思い出したい。