凡庸さは金になる
二段組とはいえ、6ページしかないものを読んでああだこうだいうのは難しい。「第一回」ということばと今までの作品の印象から、どこかへと跳びつく前の助走と見てしまう。しかし、この作家の書く人間はいつも宣言をする(啓示を受ける?)。些細な違和感につまづき、愚直に抱え続けた上でそれを指針に据えて行動する。彼らが抱えた考えはやはりどこかずれている。そのために得られる結果やそこへ至る過程がいやに奇妙なものになることもある。それはおそらく当たり前だろう。理が通っている。だから、その総体が顕す相貌とはうらはらに、意外なほど呑み込めてしまう。
とにかく、『鳥獣戯画』の始まりの2文。ここが気になる。
「凡庸さは金になる。それがいけない、何とかそれを変えてやりたいと思い悩みながら、何世紀もの時間が無駄に過ぎてしまった。」
「何世紀もの時間が無駄に過ぎてしまった」と語るものはどの時空にいるのか。「何世紀もの時間」を生きたのか。それとも「何世紀もの時間」に思いをめぐらし、その結果それをいま「無駄に過ぎてしまった」と断定したのか。どっちにしろ、偉そうだ。
やはり、連載ものを読むのは性に合わない気もする。とはいえ続きは気になる。「私」は今回、「別の摂理」を体現するような「女優」に出会ってしまった。どのようにまっすぐずれていくのだろうか。