Lesson

読んだり、飲んだり

おまけ

結婚式の引き出物にもらったハンドジェルを、近頃の慣れた手つきで掌に塗り広げていくときに、わざとらしいくらいに匂いたつレモンの香りは、口のなかを唾液でいっぱいにするなんてことはなく、むしろ感覚として浮かんでくるのは、小さい頃に駄菓子屋で買った外国の、それは英語で書かれたパッケージで、およそ果実とは程遠いあの砂糖にまみれた化学物質の味だった。

そのころのぼくはとても賢く、それはもう器用に箸を使いこなし、力の入れ具合が難しいといわれる割り箸さえものともしないほどで、小学校に上がっても平気だねと会う大人みんなに言われていたから、親から渡された100円玉で何が買えるのか、お目当てのものをまんべんなく手に入れるにはどうしたらよいかもわかっていて、何度も棚の間を行ったり来たりしながら、吟味に吟味を重ねた果てに、ゆっくりと慎重に、しかし、自信を漲らせた面持ちで、背丈とそう変わらない高さのカウンターに、自分の体温でほのかに温まっていた菓子をひとつずつ並べていき、店主のおじさんがそろばんを弾くのを待っていた。

「2円足りないねえ」

そう、それは上がったばかりの消費税であった。生来の臆病ゆえに用意していたマージンすらやすやすと踏み越えられてしまった衝撃は大きく、言い訳をすることも、愛想笑いでごまかすことも、泣くことさえもできず、まるで拳銃でも突きつけられたかのように立ちすくむばかりで、表面上はさっきまでと同じ様子のまま固まったぼくの、どこからか、もしかしたら全身から、こぼれ落ちていた不安を、おじさんは何食わぬ顔で拾い上げ、少し身をかがめると小さく優し気な声で「まけといてあげる」と言い、菓子の入ったビニール袋を、汗で湿った手に握らせ、店の外へと送り出した。

それから、もう一度その店を訪れたとき、棚には税込みの値札がかけられていた。ぼくはそれ以来、その店に行かなくなった。